物語の舞台は「さぎしま」

新幹線三原駅を降りたフェリーから、瀬戸内の離島「さぎしま」までは15分。広島県の玄関口、三原市に島は属します。
アクセスは良いのですが、島はおじいちゃん、おばあちゃんばかり。それもそのはず、3人に2人はお年寄りの超高齢化が進む島なのです。(現在71.08%)

主要な産業は農業で、レモンやみかんなどの柑橘類、メロンなどの栽培が中心です。島は瀬戸内の温暖な気候もあり、自然が本当に豊か。
風や潮の音が遠くに聞こえる以外は、何の音もしない時間の感覚を忘れてしまうのんびりとした島。

しかしながら、じわじわと活気が薄れていき、中学校は十年以上前に廃校になり、若い人は特に少なくなってきています。

この高齢化が進むさぎしまで、ある一人の男が農業で島おこしで立ち上がりました。その名は小畠勘次 (おばたかんじ)。彼も、齢65歳を超える年です。

妻の実家がさぎしまで、この島とのお付き合いは40年以上。
何を思い、立ち上がったのかご紹介していきましょう。

 


青年小畠と、さぎしまの関係

小畠勘次は40年以上前、三原の造船所に勤めていました。
当時は、コンピューターはまだめずらしい時代。小畠は仕事でIBMのコンピュータと出会い、その魅力にどっぷりとつかりつつも、自分で商売が出来ないかと思い始めます。

そんな中、チャンスが訪れます。造船所のオーナーからコンピューター部門の子会社として、独立する機会をもらいました。会社を作ってもらい、カローラ1台でコンピューターシステム営業を行います。

当時の妻と結婚したのもこの頃で、子どもも授かります。仕事に家庭に大変忙しかったのですが、冬の週末はさぎしまにある妻のみかん畑のお手伝い。

みかん畑を収穫用のミニトロッコに幼いわが子をのせ「遊園地の乗り物みたいだね」と子どもは可愛くはしゃぎ、帰るころには遊び疲れて寝ている。あわただしい日々の中で、さぎしまでの家族の時間はとても豊かなものでした。

小畠の会社も順調に業績を伸ばしていきますが、出資してくれた親会社の造船所は、造船不況に巻き込まれ今治造船に吸収されることとなります。このタイミングで恩を返す形で株式を買い取り、コンピューターのシステム開発を足掛かりに時代とニーズの変化に合わせて独自の経営を展開していきます。

ネットワークを使った業務システム、地域放送のシステム構築、そして資本を元手に、フィットネスフランチャイズへの参入、ホテル事業への参入など経営を多角化。どんな事業でも、キモとなるところをしっかり押さえれば、経営はうまく回ると確信する「ベテラン経営者」になりました。

「経営人生、あっという間の感覚だなあ。家庭も築き、家族にも恵まれた」そんなことを感じる中、小畠は病気で妻に先立たれます。

心がぽっかり空いてしまった時間に思い出されるのは、さぎしまでの忙しくも、自然の中でふれあっていたあの時間。

ベテラン経営者がなぜ、農業に?

さぎしまの妻の兄(義兄)とあった時、こんな話題が出ました。
「さぎしまの実家の畑やその周りの畑に、太陽光パネルを置きたいと業者から話があるんやけど、どう思う?」
小畠は思い出の土地にパネルを置くことを想像したら、ちょっと切ない感情が湧き出てきました。

「太陽光ってちょっと景観が悪くなるよね。義兄さん、畑っていくらなの??へえ~、それぐらいの値段やったら農業でもしようかと思うでわしが土地買おうか?」

初めは冗談半分で言っていましたが、不思議なもので口に出したその日から心がどんどん動いてきます。
 

事のきっかけは、「さぎしまに畑を買って、何かできないものか?」そんな問いに漠然と出てきた答えは、「農業をしながら人が集まり、笑顔になれたらいいなあ」というイメージ。

どうやって実現できるか?それはこれからですが、小畠の叶えたい未来のイメージは段々と鮮明になっていきます。畑を買おうか?と冗談半分で言ったその日から、ベテラン経営者の農業プロジェクトが始まっていたのかもしれません。

さぎしまに畑を買っちゃった!

「よし、何か農業と経営を組み合わせて楽しいことをやってみよう」沸々としたイメージは急にエネルギーに変わっています。善は急げ。何事もすぐ行動してみるが小畠のモットーです。

早速、義兄さんにさぎしまの畑を買いたい旨を伝え、見切り発車してしまいます。でも、本人はそれでいいかと納得もあります。

そこからはベテラン経営者のセンスで、何をつくろうか?どう作ろうか?人との出会いと、試行錯誤が始まります。

そんなある日、銀行の紹介で広島県の農業技術センターの職員さんと出会います。「広島県の農業技術センターでは生産性が高く、収穫高も高いアスパラガスのスマート農法が確立されつつあります。実証規模で導入されつつあり、今後は導入を支援していく予定です」

職員の熱心な説明を受け、いろいろと考えていくと小畠の頭に道筋は見えてきます。何よりこの青年職員は熱心で信頼できる人だ。小畠の直感は乗ってみようとそう思ったのでした。

「一緒にスマート農法でアスパラガスを実践しましょう。よろしくお願いします。農業については新人ですが、ご指導お願いします。」

ここから、新人農家の楽園計画が加速していくのです。法人を設立、事業計画を作成し、認定農業者制度も県から認定をもらう。融資後には、さぎしまの土地にビニールハウスを立て、アスパラ苗を定植。いざ、栽培が始まると小畠にも段々と農業の実感がともなってきます。

そして収穫が近づくと、今度は人手が必要になります。最初に頼んだのは、お義兄さんやその知り合いのおじいちゃんやおばあちゃん。

5人ほどが集まり、初めてアスパラを収穫し、選別作業や袋詰めをしたときの実感はひとしおです。仕事があり、島で人が集まれるのはいいなあ。これをもっと発展させてみたいなあ。と小畠は思いました。

新人農家の「島まるごと楽園計画」

さぎしまのビニールハウスで、毎日のようにアスパラ収穫で集まるおじいちゃんおばあちゃん。お昼時は作業小屋で弁当やおにぎりをほおばり、昔話や何気ない話で盛り上がる。時には企画会議も。
「収穫を、子どもにやらせたらきっといい経験になるべ」
「串揚げアスパラにして販売したらきっと美味しいわ」
「アスパラアイス作ってくれるところがあるよ」

農業を始めるきっかけになった漠然としたイメージの「さぎしまで人が集まり、笑顔が絶えないコミュニティ」。まずはお年寄りの仕事をしながら交流の場として少しづつ形になってきました。

作業中の風景
次にやりたいことは若い人にも来てもらう事。それならば、観光で来てもらえるように色々な体験を用意するのはどうか?楽しむという視点なら、アスパラを中心とした農体験や、親子でキャンプはどうか?などなど、小畠とその仲間たちのアイデアは尽きません。

観光者にも満足してもらい、おじいちゃんおばあちゃんの働く場とコミュニティも充実させる。ベテラン経営者が思った「さぎしまで人が集まり、笑顔が絶えないコミュニティ」は、「新人農家の、島まるごと楽園計画」として現在進行形でカタチになっているのです。

試作のアスパラアイス

さぎしまを楽園に出来る日は、そう遠くない日だと思いませんか?

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